ぼくらの輪郭と、日本の海岸線


実は、「読みたい本」はほとんどない。「読みたい本」というのは、本屋に行って、本棚の前に立って、本を手にとって、ページを開いて、あとがきやプロローグをさらっと読んで、という一連の作業をする以前に、「その本を読もう」という意識があって選ばれる本のこと。そういう定義での「読みたい本」はもうほとんどなくて、あるのは、本屋に行って、本棚の前に立って、本を手にとって、ページを開いて、あとがきやプロローグをさらっと読んで、「うむ、これ、いけるんやないか」と思ったゆえに手にとる本、いわば「読む本」だ。この「読む本」というのが、本人が想定している以上に多い、ということを、最近感じはじめている。

それでもいくつかの指標はあって、そのひとつが出版社。ぼくなら、理論社、パロル舎、福音館書店、河出書房新社、冨山房あたり。そして、ミシマ社。ここが出している本なら、ひとまず、ページをめくってみよう、という気になる。で、今回もその一冊を読んだ。

この本、一見すると、海岸線の変化についての地理学的な論説書のように思われるけれど、ちがう。語られているのは、(日本が舞台なので)日本の海岸線が、縄文から明治維新、その後に至る、そこに暮らす人々のありかたの変化とともにどのように変わってきたか、についてだ。たとえば、「白砂青松」の海岸線の始まり、砂浜の消失、地名から浮かび上がるかつての港、黒船到来による「海の玄関口」の興亡など。「No Border」という安易な世界観を描いた現代のぼくらが自分たちの輪郭を見失っている、この状況のなかで、「海岸線を取り戻す」という著者の視座と指摘は意味深く、鋭い。

混迷を極めるこういう時代に、どういった社会システムを再構築したらいいかという抽象の話だけに偏らないように、物語を読んだり、図鑑をめくったりすることは重要だと思う。古代から現代にかけての自分の暮らす島の「時の流れ」を感じる、そういう壮大な視点に触れることもまた、意義がある。これはまさに「読む本」だったな、と思えた一冊。

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