2011年最初のブックパッカーは、東京で開催しました。




松本に移り住んだ2010年、ぼくが気を払っていたのは、「どのようにして松本に馴染むか」でした。生まれ故郷でもない、親族がいるわけでもない、一般的には「無縁」の土地で、その土地に暮らすひとたちとのコミュニケーションのことを考えていました。

あれから一年。ぼくの意識は、松本とか東京とか、そういう一つひとつの土地に向いていません。ソーシャルメディアといわれるTwitterやFacebook、Ustreamなどのツールを使いながら、時代の新たな変遷を感じたからです。「ローカル」と「都会」という二項対立のマッピングは、そろそろ必要がなくなってきている。人口や経済規模に関係なく、これまでの「ローカル」や「都会」も、単なるひとつの「街」として、並ぶ。そんな新たなマップが、ぼくのなかで生まれました。

だから、「どのようにして松本に馴染むか」ということは、それほど問題じゃないのです。それよりも、「自分がどうあるか」に尽きる。そういう自問自答と尽きっきりになっている人間が、あちらこちら動いていく。行く先々で今語れることを絞り出すように全部語っていく。それがかえって、自分の場所、たとえば松本という街に、糧として戻っていく。そんなイメージ。

2011年最初のブックパッカーが、松本でなく、東京だったこと。これも、この新たなマップが生み出した一つの結果だったような気がします。東京で開催したのは、年末に、今回の会場であるカフェスローに「やらない?」と声をかけてもらったから。昨年の大磯や郡上八幡と同じような、ひとつの街として、声をかけてもらうという縁を頼って、東京で開催しました。

この変化は、ブックパッカーの参加者のなかにも生まれつつある現象です。12月、そして今回開催したブックパッカーのなかで登場した土地は、松本、諏訪、厚木、千葉、埼玉、新潟、四国、ラオス、ニューヨーク、ウガンダなどなど、膨大。しかも、サイズの異なるさまざまなこれらの土地は、単なる情報としてブックパッカーのなかで語られたのではなく、初めて居合わせた参加者のあいだに見つかった不思議な関係のなかで登場しました。

それぞれが語る、一見すると縁のない話が、別の参加者の語りのなかで、結びついていく。東京で開催した2010年12月と2011年1月のブックパッカーは、まるで異次元体験のような集まりでした。

今年のブックパッカーは、松本に居を構えながら、あちらこちらへ旅していくような気がしてなりません。2月は京都、3月は諏訪へ向かいます。

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