美しい不安 トールモー・ハウゲン『夜の鳥』

トールモー・ハウゲン



一言で「美しさ」と言っても、その様相はさまざまだ。柑橘の果実の新鮮が弾ける美しさもあれば、女性が覗かせる丸みを帯びた肌の甘い美しさもある。とくに、細い白の糸が今にも切れそうに張りつめている不安な美しさが、ぼくは好きだ。美しい不安は、安易に解消させられることはない。「受け止める」でも「受け入れる」でもない、正直な感触としては「もうそうせざるをない」がゆえにそこにただひたすら居座りつづける不安。「暗い」や「冷たい」とはまったく異質の、静かで、わずかな湿度のある、詩的な、不安。そういうものの美しさに、惹かれる。

2008年に亡くなったノルウェーの作家トールモー・ハウゲンの代表作『夜の鳥』は、まさに美しい不安の結晶のような物語。3月11日以降、それまでの日々と変わらない一日であるようでいて、まるで被災地で沈下した地盤のように世界は確実にズレてしまって、それが元に戻らないことを感じている。火は立たないのにいっこうに消えない煙のようなこの不安を、ぼくはもう少し確かめていたい。先の週末、この物語は、テーマは違えど、そんなぼくの「いま居たい場所」を守ってくれた。

『夜の鳥』には、続編もあるのだそう。読んでみようと思う。

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