shift a way of being.

ここ数年、自分のコミュニケーションのしかたを省みることが多々あって、それをきっかけに、自分のありかたに関しても、どうやらシフトすべきもの、というか、自分がシフトしたいと感じているのではないかと思うようになった。

2010年に松本に移り住んだのは、それまでの集大成のようなゴールだったのではなくて、まったくもっての白紙状態に自分を放り投げるスタートだったんだろうなと、いま、2011年8月1日になって感じはじめている。

ぼくがこれまで生きた29年間ではいつもそうであったように、日常生活のなかに散りばめられている具体的で小さな様々な課題も、全人生に横たわる大きな問いかけも、その答えを教えてくれる人間は、だれひとりいない。


身のうちに吹く風を読むことは、辛く、寂しい、孤独な営み。
舵を切るまでの長い長い、長い時間が、大洋の上、ひたすら続く。



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