未来を考える人間企業



7月末、大阪に行った際に見つけて、ずいぶん思いきったショルダーコピーだなあと、写真を撮っておいた。「未来を考える人間企業」。コピーというのは、奇抜だったらいいというものじゃない。むしろ、たいていの場合、「当たり前だがだれも気づいていないことを発見する」ことがコピーライティングの仕事だと思う。「発見」であって「発明」じゃない。生きものが未来を考えるのは当たり前だし、企業がほぼすなわち人間そのものであることも、やっぱり当たり前だ。目にした人は「なんだ、そりゃそうだろ」と言う。でも、「当たり前」を見つけることも、言い切ることも、とても勇気と覚悟と決断力がいることだ。

あとで調べてみると、このコピーは、NTT民営化直後に付されたものらしい。NTTの民営化は1985年。その頃、この「未来」は「人間のみにとっての」想定で語られているんだろうと思う。そう想像すると「人間企業」という言葉にも影がさしかかる。時代が変われば、価値観も変わる。見えていた世界は見えなくなり、同時に、見えていなかった世界が見えてくる。希望が差すこともあるし、絶望が覆うこともある。

「未だ来ない」いつかは「やがて来るもの」と疑いの余地すらない時代は、もうすでに終わっている。「もう来ないかもしれない」という先を見据えて、どうあろうとするのか。「未来を考える人間企業」だけでは不十分になった。ぼくらはどんなコピーを、肩にかけて生きていこうか。



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