余生




みなさん、おひさしぶり。さくらです。

ごーさんが松本に引っ越してから、もうすぐ2年が経とうとしています。
この2年間、ごーさんは仕事にかこつけて、あたしに会いにきます。
もうすぐ30になるというのに、いつまでも犬離れのできない男の子です。

つい最近帰ってきたとき、ひさしぶりに、縁側で一緒に昼寝をしました。
腰がだいぶきつくなってきたものだから、ごーさんの足に寄りかかって。
あの日だまり、気持ちよかった。

来月は、うーさんもまたまたカナダから帰ってくるそーです。
みんな、あたしに会いたくて仕方がないのです。
そういうみんながいつ来てもいいように、
あたしは今日もこの日だまりで待ったりしているのです。

2011.11
さくら


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余生という言葉の実体を、我が身を通して把握しようとしても、
生の真っ只中にいる時分には、なかなかうまく計れない。

先週仕事で東京に行った際に、実家にステイさせてもらった。
濡れ縁でさくらや茶碗の様子を写真におさめていると、
さくらがすっと静かに、ぼくの左足に寄りかかってきた。
ぼくは足の甲で、彼女の肋骨を感じながら、その本数を数えた。

生を走り抜けるための筋肉をいよいよ落として、
彼女はこれから少しずつ、呼吸だけになっていくのだと思った。
骨も、皮も、瞳も、鼻も、足の爪も、頬にできた疣も、
彼女は一つずつ丁寧に下ろしていって、呼吸だけになる。
それはとても優しい営み。
彼女はいま、そんな余生を、一日一日、送っている。


2011.11
ウチダゴウ



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