あっという間は、ほんとうに「あっ」と言う間だった。




あっ。あなた、もう1歳になっていたのね。

ときこのこと




ときこはいつもわたしに話しかける。

前から急かされることもあれば、

隣で秘密の話を明かしてくれることもある。

後ろから待ってと呼び止められたり、

かと思えば、わたしのなかでこだましてみたり。

ときこは時を選ばない。

だってときこは時そのものだから。

ときこは場所を選ばない。

だって場所は時の移ろいにいつも恋してる。

わたしの足もとで枯れ葉が鳴るとき、

わたしの頭上で雲が風を引きずるとき、

わたしはいつもときこに話しかける。

いつもここにいるよ、そう言って。


出典:『チェリーブロッサム短詩集』

flow into the lake.




ぼくらのこの部分には湖がひとつ浮かんでいて

潮が満ちたら、海水が昇ってくることもあるし、

うららかな午後には、きれいな魚が群れることもあるし、

秋になれば、ある朝、水鳥たちの去ったことを知る

この湖で起こる、そういう目まぐるしいすべてと

ぼくらはどうしていたらいいんだろう

答えは今日も朝一番にボートで漕ぎだしてく

寝坊するぼくにできるのは

だれもいない船着き場のベンチで

サンドウィッチを頬張ることくらい

flow into the lake

flow into the lake


出典:『チェリーブロッサム短詩集』

茶碗、駒ヶ根の伝説に現る。



茶碗です。

とーちゃんが旅行から帰ってくるやいなや、
コマガネというところのコウゼンジというお寺の伝説に、
あたしが出てくるんだー、言って聞きません。

早太郎。

伝説に出てくる犬の名前は、早太郎。ぜんぜんちがうし。
茶碗みたいに早いんだ、ぴゅんぴゅん走るんだ、ととーちゃん。
茶碗は早太郎の生まれ変わりにちがいない、ととーちゃん。
ちょいまてい。あたしのは、びゅんびゅん、だい!
こちとら初めて生まれたばっかりじゃわい!

突っ走ってるのは、とーちゃんのほうです。



あらためまして、茶碗です。




茶碗です。

いやいや、ごはんのことでなくて、あたしのこと。
あたしの名前は茶碗。チャ色のワン公だから、チャワン。
最近は、登下校の小学生があたしの名前を呼んでくれます。
名づけ親はゴーサンです。やーさすが、詩人。
そう言えって、いま、ゴーサンに言われました。

ずいずいと成長してるので、久しぶりだと「だれ?」ってなるでしょう。
だからちょっこし、あらためまして、自己紹介させていただきました。

明日もあたしが出ます。さくばあさんには渡しません。

108歳




1ヶ月ぶりのさくらです。みなさん、こんにちは。
1ヶ月ぶりにゴーサンが帰ってきて、あたしを撮りつづけています。
この顔に、身も心も、じんわりほぐれるんだ、と仰ってます。

来週、あたしの誕生日があるんだそーです。今年で14歳。
人間でいうところの、108歳あたりなんだそーです。
やー、ずいぶん長く生きたもんだ。



見つめる先の、ふたつの時間

IMG_3300.jpg


さくらです。
茶碗です。
ふたり揃って、さくら茶碗でーす!


なんていう、高めのテンションは、わたしにはないんです、はい。
皆さん、お久しぶりです。さくらです。

久々に帰ってきたゴーサンが、出発時間も押し迫る朝、
それでも庭にぷらーっと出てきて、写真を撮っていきました。

こうやって、ふたり並んで写ってみると、一目瞭然。
わたしの目の前には、最近、過去もいまも一緒くたに現れます。
悠久のとき、っていうやつですねえ。

いっぽう、彼女、茶碗の目の中には、そうです。
いま、いま、いましか映っていません。
いましか見えない茶碗は、嬉しくって仕方なくって
飛びついた拍子に、ゴーサンのパーカーをやぶりました。
若いっていうのは、バカができて、いいですねえ。


もっとふたりと一緒にいたいぞーと吠えながら、
ゴーサンはふたたび松本へ帰ってゆきました。
アディオス、アミーゴ。



語り継ぐ自由―さくらの場合




さくらです。昨日にひきつづき、登場です。
ゴーサンが帰ってきているうちに、たくさん出演しようという魂胆です。

茶碗に反り返って寝る自由があるように、
あたしにもいろんな自由があります。
たとえば、語り継ぐ自由。

茶 碗:きょうはなんはなしー。
さくら:今日はボールのお話。
茶 碗:ぼーるのはなしー、どんなはなしー。
さくら:ボールは追いかけるものです。
茶 碗:ぼーるはおいかけるね。かけるね。
さくら:だから、ですね
茶 碗:だから、なんですね?
さくら:あたしはもう走りたくないので、
茶 碗:こしもあしもぼろぼろやもんねー
さくら:だから、あたしのとこにもってこないよーに。
茶 碗:えーーー



反り返る自由―茶碗の場合




さくらです。皆さん、どうもおひさしぶり。

ゴーサンが松本に引っ越してから、あたしたちの出番が減りました。
おかげで静かな日常を送っています。やー寝れる寝れる。くかーっ。

年明けにやってきた荒れくれ者の子・茶碗は、
起きてるときも、寝てるときも、常にアクロバティックです。
このあいだは、イナバウアーをやってました。寝ながら。

反り返る自由。そうよね、寝ながら反り返ったって、別にいいのよね。
目覚めに首がおかしくならないところが、若さなんだと思うけど。



長くなるということ その二



成長という言葉を、ただ「長く成る」ことだと仮定すると、
老いていく命のなかにも、成長はあるものだと考えられる。

茶碗のすぐそばで、御年13歳の洋犬さくらは、老いている。
耳はおそらく聞こえていないし、茶碗の激しい遊びにヘトヘトになっている。
それでも、彼女の時間は、長くなっている。
ひとつは、生きる時間が長くなっているということで、
もうひとつは、同じ時間、1秒や1分の感覚が長くなっている、
そういうことでもある。

次に会うときは、また、少し、成長している。

飼い主の家族より


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